CRMが何度も定着しなかった会社で、現場の負担を増やさずに請求漏れを止めた話

「顧客管理ツールは、これまで何度も入れました。定着したことがありません」

先日ご相談を受けた会社の社長の言葉です。店舗などに出向いて施工を行う清掃業で、売上の規模はしっかりあるのに、営業はごく少人数。Kintoneをはじめ、いくつもツールを試しては、使われなくなってきたそうです。AIのサービスにもいくつか課金しているけれど、何も使えていない、とも。

初めてお会いしたとき、正直に言うと、あきらめに近い空気がありました。ITツールは入れても使えないものばかり。社員はついてきてくれない——口には出されませんでしたが、そう思っておられたのだと思います。何度も挑戦して、何度もうまくいかなかった方の、静かな無力感でした。

今日は、この会社で何をしたかを書きます。結論から言うと、新しいシステムは入れませんでした。それでも、受注の把握漏れと請求漏れは止まりつつあります。そして、一番変わったのは仕組みではなく、社長の表情でした。

会話の中で、業務の流れが見えてきた

最初から業務フローの資料があったわけではありません。お話をうかがっていくうちに、仕事の流れがこうなっていることが分かってきました。

お客様シートの作成 → 見積書の提出 → 受注 → 施工の実施 → 請求

そして、漏れが起きる場所も特定できました。2か所です。

1つめは「受注」です。見積を出したあと、どの案件が受注になったのかを、誰も一覧で把握していませんでした。毎週営業会議をやっているのに、です。会議で話題に上った案件は追えますが、上らなかった案件はそのまま消えていきます。

2つめは「請求」です。施工をいつ実施したかが、現場、ときには業務委託の外注さん任せになっていました。実施の事実が営業側に届かなければ、請求は上がりません。やった仕事の請求が漏れる。売上規模のある会社にとって、これは小さくない金額です。

しかもこの会社の取引先は、名の通った大手企業ばかりです。少人数の営業で大きな相手と向き合い、漏れは許されない。社長が背負っていたプレッシャーは、相当なものだったと思います。

「もう一度CRMを」とは言いませんでした

教科書どおりに考えれば、ここで顧客管理ツールの再導入を提案する場面です。案件のステージを定義して、営業が入力して、ダッシュボードで進捗を見る。絵としては美しい。

でも、この会社では過去に何度も同じ絵を描いて、同じところで破れています。

理由ははっきりしています。入力する人がいないのです。営業は少人数で、現場は外を回っている。「帰社してツールに入力する」という新しい仕事を足した瞬間に、その仕組みは止まります。ツールが悪いのではありません。ツールが要求する行動変容が、この会社の体制に合っていないのです。

同じ構造のまま4回目の導入をしても、4回目の失敗になるだけです。

現場が「すでにできていること」から始めた

視点を変えて、こう考えました。この会社の現場が、すでに毎回できていることは何か。

ありました。お客様シートと見積書を、決まった共有フォルダに保存することです。これは何年も続いている習慣で、誰も負担に感じていません。

だったら、それを起点にすればいい。

仕組みはこうです。決まったフォルダに入ったお客様シートと見積書を、AI(Claude)が週次で読み取り、進捗リストを作ります。「見積を出した案件の一覧」「そのうち受注が確認できていないもの」「受注したのに施工実施の記録がないもの」「実施済みなのに請求が確認できないもの」。

営業会議は、このリストを見ながら埋めていく場に変わりました。「この案件、受注どうなった?」「この現場、施工終わってる?」——確認すべき案件が毎週、漏れなく目の前に並ぶからです。

気づけば、ステージ管理ができていた

見積 → 受注 → 実施 → 請求。案件が今どこにいるかを追う。これは、CRMの世界で「ステージ管理」と呼ばれているものそのものです。

高価なツールも、入力の徹底も要りませんでした。現場はこれまで通り、決まったフォルダに成果物を置くだけ。負担はひとつも増えていません。変わったのは、置かれたものを毎週読んで一覧にする係が加わったことだけです。その係がたまたまAIだった、という話です。

もちろん、この形が完成形だとは思っていません。事業が成長して案件数が増えれば、いずれちゃんとしたシステムが必要になる時期が来ます。ただ、そのときこの会社は「自分たちのステージ管理」をすでに運用として経験しています。何を管理したいのかが分かった状態でツールを選ぶのと、分からないまま選ぶのとでは、結果がまるで違います。

仕組みより先に、社長が変わった

この日、私がいちばん印象に残っているのは、仕組みの話ではありません。

話しているうちに、社長がどんどん元気になっていったことです。業務の流れを一緒に書き出して、漏れている場所が見えて、「フォルダに置くだけなら、うちの現場はもうやっている」と気づいたあたりから、声の調子が変わりました。まだ何も動いていないのに、です。

たぶん、人は「できる」と思えた瞬間に、それだけで元気になれるのだと思います。

何度もツールの定着に失敗してきたことが、この会社から奪っていたのは、業務の効率ではなくて、自信だったのかもしれません。だとしたら、取り戻すべきものも、まず自信の方です。仕組みはそのあとから付いてきます。

「商談管理をしないと」と構えなくていい

この事例で一番お伝えしたいのは、ここです。

商談管理、案件管理、CRM。言葉が大きいので、「ちゃんとやらないと」と構えてしまいます。そして、ちゃんとやろうとしてツールを入れ、定着せず、「うちはダメだ」と自信を失う。この繰り返しをしている会社は、本当に多いのです。

でも、順番が逆です。

その会社がすでにできていることを見つけて、そこにITをつなぐ。できていないことを新しく始めさせるのではなく。

この会社にとって、それは「フォルダに書類を置く」でした。別の会社では、日報のメールかもしれないし、LINEの報告かもしれない。何かしら、現場が無理なく続けていることが必ずあります。そこが接続点です。

システムの導入に何度失敗していても、それはその会社がダメなのではありません。接続点の見極めが合っていなかっただけです。


事例は、事業者さんが特定されないよう一部の情報をぼかしています。

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