「うちはただの紙袋屋です」と言っていた社長さんの話

「うちはただの紙袋屋だから」

最初にお会いしたとき、社長さんはそうおっしゃいました。謙遜というより、本当にそう思っておられる言い方でした。

こういう言葉を聞くと、私はだいたい同じことを考えます。たぶん、そんなことはない。

仕事が、ある日ゼロになった

お話を伺っていくと、その会社はもともと紙袋の会社ではありませんでした。

官公庁で使われる封筒を作っていた会社です。それから、銀行で札束をまとめる、あの百万円の帯。どちらも、間違いが許されない仕事です。

封筒の糊付けが、まっすぐでズレない。書いてしまえばそれだけのことなのですが、その丁寧さで評判の会社でした。

そして、制度が変わったことをきっかけに、その仕事が完全になくなりました。減ったのではなく、ゼロです。

残ったのは、細かい手作業の技術だけでした。それを持って、紙袋の製造に移られます。

他社が断る仕事だけが、集まってくる

紙袋の会社としてのこの会社には、はっきりした特徴がありました。

大量生産はしていません。代わりに、他社が断るような依頼を引き受けています。この形にしたい、この折り方でないと駄目だ、この紙で通したい。そういう、こだわりの強い依頼です。

普通なら「量産に向かないので」と断られてしまうものを、何度も試作を重ねて形にしてきた。理想の紙袋を諦めかけていた人たちが、最後にたどり着く場所になっていました。

しかも、そのやり方には社内のポリシーがありました。

  • 依頼主と一緒に試作を作り、同じ立場で「できるか、できないか」を確かめる
  • 安易に「できます」と言わない。どうすればできるかを、とことん探す

二つ目は、一見すると後ろ向きに見えます。すぐに「できます」と言った方が、その場の商談は進むからです。それでも言わないのは、できないものをできると言った先に何が起きるかを知っているからです。技術の話に見えて、これは姿勢の話でした。

私がお伝えしたのは、一言だけです

「技術者のこだわりを形にすることで、依頼された方が仕事を楽しめるようにサポートしていますよね」

そうお伝えしたとき、社長さんはとても喜んでくださいました。

「確かに、自分たちはそういうことをやってきた」

私が新しい戦略を持ち込んだわけではありません。その会社が何十年もやってきたことに、名前がついただけです。

同じことが、以前新聞販売の会社でもありました。長く休眠しているお客さまにもう一度声をかけませんか、とお伝えしたら、「それはすごくやりたかったことです」と返ってきた。私は毎回、同じことをしている気がします。

「うちって、実はすごくいい仕事をしているんですね」

対話を重ねて、自分たちの軸がはっきりしてきたとき、社長さんはそうおっしゃいました。

同じ会社です。設備も、働いている人も、作っているものも、昨日と何ひとつ変わっていません。変わったのは、自分たちが何をしている会社なのかという定義だけです。

紙袋を一生懸命、無骨に作る会社から、依頼主のビジネスを、その人の仕事を、支える会社へ。

ここから先は、私の考えです

私は、仕事は本来とても楽しいものだと思っています。

これだけ書くと安っぽく聞こえると思います。「やりがいを持ちましょう」の類に見える。でも、そういう話ではありません。

一生懸命やっているうちに、自分の才能や個性が炙り出されてくる。仕事を通してしか出会えなかった人がいる。そういう場所が他にどれだけあるかというと、実はあまりない気がします。お金をもらうから我慢する、というものではないはずなのです。

ただし、これは「楽しいと思うようにしましょう」という話ではまったくありません。無理に楽しく思おうとするのは、むしろ逆方向だと思っています。気合いで持ち上げた楽しさは続きませんし、続かないものは仕事に効きません。

順番が逆なのだと思います。自分たちが本当は何をしているのかが分かると、あとから勝手に面白くなる。紙袋の会社で起きたのは、まさにその順番でした。

楽しさは、自分に向けて探しても見つからない

この事例が教えてくれたことが、もうひとつあります。

社長さんが喜ばれたのは、「あなたの会社はすごいですね」と言われたからではないと思います。自分たちの仕事が、誰かの仕事を楽しくしていたと分かったからです。

理想の形が作れなくて諦めかけていた人が、諦めずに済んだ。頭の中にしかなかったものが、手に取れるものになった。その瞬間に立ち会ってきたのは、この会社です。

自分の仕事の意味は、自分の内側を掘っても出てきません。相手の側に立ち上がっているものを見に行って、はじめて見えます。だから私は、強みを整理するとき、社内の話だけでは終わらせません。その仕事を受け取った人に何が起きたのかを、必ず聞きます。

きれいな話で終わらせないために

自社の定義が変わると、実務の側で決められることが増えます。

  • どの依頼を受けて、どれを受けないか(安い大量案件を追いかけなくてよくなる)
  • 営業で何を聞くか。「何個必要ですか」より先に「何を実現したいんですか」を聞くようになる
  • 誰を採用して、社内で何を褒めるか
  • ウェブサイトや会社案内に、何を書くか

判断の基準がないと、これを毎回ゼロから悩むことになります。そして悩んだ末に、たいてい価格の話に落ちます。安くしますか、と。これは道具を選ぶときにも、まったく同じことが起きます

「うちの社員は言われたことしかやらないんです」というご相談も、よくいただきます。意欲の問題として語られることが多いのですが、私がまず見るのはそこではありません。自分たちが何のためにこの仕事をしているのかが渡されていないと、工夫のしようがないからです。そして工夫できない場所では、その人が何が得意なのかも、誰にも分かりません。本人にすら分かりません。

才能や個性は、はじめから持っていて発揮するものというより、一生懸命やっている中で炙り出されてくるものだと思っています。炙り出される場所がないと、ないことになってしまいます。

私の仕事の、裏にあるテーマ

私の本業は、会社の状況を良くすることです。仕組みを作り、営業の流れを整え、数字が動くようにする。そこはちゃんとやります。

ただ、その裏でいちばん時間をかけているのは、たぶん別のことです。関わる方が「仕事って、こういうことだったのか」と、自分なりに気づいていく過程に伴走すること。

これは説得ではできません。「楽しいと思ってください」と言われて楽しくなる人はいないからです。私にできるのは、その会社がやってきたことをちゃんと聞いて、名前をつけて、本人が自分の言葉で言い直せるようにすることくらいです。

そのあとで、「楽しくなった」と言ってくださる方がいます。私はその一言を、売上の数字と同じくらい、正直に言えばそれ以上に、成果だと思っています。

そして、たいていの会社は「ただの◯◯屋」ではありません。まだ名前がついていないだけです。


事例は、事業者さんが特定されないよう一部の情報をぼかしています。

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