ペルソナはいらない——小さな会社のカスタマージャーニーマップの作り方

「カスタマージャーニーマップの作り方」を調べると、たいていの記事は同じところから始まります。まず、ペルソナを設定しましょう。

先日、手彫りのハンコ屋さんと一枚の地図を作った話を書きました。あの記事では、カスタマージャーニーマップという言葉の説明を2文だけで済ませています。今日は、その宿題を返そうと思います。ただし、教科書とは少し違う作り方の話です。

教科書的な作り方——まずはペルソナから

カスタマージャーニーマップは、お客さまがお店や会社をどう知り、なぜ選び、買ったあとに何が起きたかを、お客さまの側から見た道のりとして一枚に描き出すものです。

教科書的な手順は、こうです。まずペルソナ(典型的なお客さま像)を設定する。次に、認知・比較・購入・利用といったフェーズで横軸を区切る。フェーズごとにお客さまの行動・接点・感情を書き込んでいく。何人かで集まって、付箋を貼りながらワークショップ形式でやることも多いです。できあがった地図は、顧客体験のどこに不満があるかを探して、改善につなげる道具として使われます。

これはこれで、よくできたやり方です。マーケティングの担当者がいて、データがあって、何人かで集まる時間の取れる会社なら、この通りにやるのがいいと思います。

ただ、私は少し違う作り方をしています

一言でいえば、想像で描かない、です。ペルソナという架空のお客さまを立てるのではなく、実在のお客さまの声と事実だけで描きます。

ノートにカスタマージャーニーマップを描く手元

なぜかというと、ペルソナはやっぱり難しいからです。実際に来てくださっている方を脇に置いて、想像だけで「うちの典型的なお客さま」を作っても、実物とはなかなか合いません。私がご支援でご一緒するときは、お話ししながらその場で軌道修正できます。でも、ご自身で作るなら、想像から出発するより、実例から作っていく方がうまくいく。何十枚も一緒に描いてきた、私の体感です。

そして小さな会社には、想像上の顧客像よりずっと確かな材料があります。実在のお客さまの記憶です。

ほとんどの会社は、「出したいもの」を語っている

作り方の前に、この地図が何のためにあるのかを書かせてください。

多くの会社は、自社の製品がどんなに素晴らしいか、どこにいちばん気合を入れて作っているか——つまり「自分たちが出したいものを、一生懸命お客さまに伝える」という視点に偏りがちです。この地図を作るまでは、どうしてもそうなってしまいます。悪いことではありません。こだわりのない会社の話を聞きたい人はいませんから。

ただ、この地図を作ると、「お客さまは、本当にそれを必要としているのだろうか」を、もう一度見直せるようになります。

お客さまが、どんな段階で、何を考えているか。それを先に理解して、その困りごとや欲しいものに対して、自社が提供できるものは何かを考える。この順番で思考を組み立てられるようになることが、物を売ることの基本であり、この地図のいちばんの価値だと私は思っています。地図の形式が大事なのではなくて、思考の順番がひっくり返ることが大事なのです。

小さな会社の方が、むしろ有利です

こう書くと、うちにはマーケティングの部署なんてないし、と思われるかもしれません。逆です。この作り方に関しては、小さな会社の方が有利です。

大きな会社では、お客さまと直接話したことのある人が、会議室にいないことも珍しくありません。だからペルソナという想像上の人物が必要になるのです。小さな会社は違います。社長ご自身が、お客さまと直接会っています。どんな顔で来店されて、何を聞かれて、何と言って帰っていかれたか。記憶の中に一次情報があります。

付箋もツールも要りません。記憶とノート1冊で始められます。

実際の作り方——実例を1つ選ぶところから

会社の強みを探すときによくやるのは、印象深かった実例を3つほど挙げて、共通点をくくり出す方法です。ただ、ジャーニーマップでこれをやると、うまくまとまらないことが多いです。3人のお客さまは、3通りの道のりでお店に来ているからです。

なので、おすすめは1つに絞ることです。最近印象深かったお客さま、良いお仕事だったなと思う実例を1つ選んで、その方の道のりを一枚に描いてみる。

埋めるのは事実だけです。その方はどこでお店を知ったのか。なぜ、ほかではなくうちを選んだのか。決めるまでに何を迷っていたか。買ったあと、何と言っていたか。ハンコ屋さんのときは、「印影が綺麗だから選んだ」という一言や、親戚の紹介で来る方が多いという経緯——社長さんの記憶に残っていた、実際のやり取りだけで埋めていきました。

思い出せない欄は、空欄のまま残します。想像で埋めない。ここだけは崩さないでください。空欄は失敗ではなく、「次にお客さまに聞くこと」のリストです。

そのまま使えるテンプレート

書き込む先は、ノートの見開きに線を1本引くだけでも十分です。ただ、表の形があった方が始めやすいと思うので、私が使っている型を載せておきます。

知る選ぶ買うその後
お客さまの行動(事実)どこでうちを知ったか何と比べて、何を迷っていたか決め手は何だったかまた来てくれたか。誰かに紹介してくれたか
言われた言葉(事実)最初の問い合わせで言われたこと比べていたときの質問「◯◯だから決めた」の一言後日いただいた感想
お客さまの気持ち(仮説)何に困っていたのだろう何が不安だったのだろう何が背中を押したのだろう何を喜んでくれたのだろう
自社が提供できること

よくあるテンプレートと違うのは、行に(事実)と(仮説)の印がついていることです。上の2行は、実在のお客さま1人について、事実だけを書きます。3行目の気持ちは、次の節でお話しするとおり、仮説として書きます。

そして、いちばん下の行だけが自社の番です。埋める順番は必ず上からにしてください。お客さまの3行を埋めてから、それぞれの段階の困りごとや欲しいものに対して、うちは何が提供できるだろうかと考える。先ほどの「思考の順番」を、そのまま表の並びにしてあります。

感情の欄だけは、想像で書きます(それでいいんです)

想像で描かないと言っておいて、と思われそうですが、ひとつだけ例外があります。表の3行目、感情の欄です。

お客さまの行動は、事実として書けます。でも、お客さまの気持ちは、どのみち想像でしか書けません。だからこの地図では、想像を禁じるのではなく、想像の足場を変えます。ペルソナは人物そのものを想像で作りますが、こちらは実在のお客さまの実際の行動と言葉から、その根拠にある気持ちを推し量る。同じ想像でも、足場がまるで違います。

そして書き込んだ気持ちは、仮説のまま置いておきます。仮説は、声が溜まれば確かめられます。

見つかるのは「ズレ」と、新しい訴求ポイント

描き上がった地図で何を見るか。私は、ズレを探します。自分たちがこだわって語ってきたことと、お客さまが実際に感じてくださっている価値のズレです。

ハンコ屋さんの場合、会社が語ってきたのは「彫りの技術」でした。お客さまが受け取っていたのは「印影の美しさ」と「大切な人にすすめられる安心」でした。同じものの、別の面です。

このズレが見えたとき、新しい訴求ポイントが見つかるケースは、本当に多いです。特に困りごとがあるわけでもないのに通ってくださっている方の存在に、初めて気づくこともあります。そうしたら、軸を曲げる必要はありません。こだわりはそのままに、伝え方だけをお客さまの側の言葉に寄せていけばいいのです。寄せるかどうかを自分で選べること自体が、この地図の効用です。

まずは1回、作ってみてください

お客さまの側に想像を巡らせるためにも、まずは1回、作ってみることをおすすめします。空欄と仮説だらけで構いません。1人分の道のりが一枚になるだけで、見える景色が変わります。

そして、これは1回作って終わりの地図ではありません。お客さまの声が溜まるたびに、描き直す。空欄が埋まり、仮説が事実に変わっていく。地図の解像度は、それまでに溜めてきたお客さまの声の量で決まります。

だから、誰が、どこから来て、なぜうちを選んでくださったのか。まずは今日の分から、書き留めてみてください。それが、次に地図を描くときの線になります。

ハンコ屋さんとの地図で実際に何が見つかったかは、こちらの記事に書いています。


事例は、事業者さんが特定されないよう一部の情報をぼかしています。

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