システム連携の前に、名寄せを——きれいなデータが「使えないデータ」になる前に
顧客管理ツール(CRM)を入れるときや乗り換えるときに、名寄せが課題になることがあります。名寄せとは、あちこちに分かれて登録されている同じ顧客のデータを、一つにまとめる作業です。導入の場面では、請求システムと顧客管理ツールをシステム連携するときに、この作業が要るかどうかが決まります。
そして、要ると分かるのは、たいてい要件定義の途中です。
打ち合わせで、「顧客コードで紐づけましょう」という話になります。そこで誰かが言います。「そういえば。片方はきれいだけど、もう片方はけっこう汚いですよ」。
「じゃあ、無理じゃない?」
この場面を、何度も見てきました。今日は、そのあとどうするかの話です。
なぜ、要件定義の途中で出てくるのか
つなぐまでは、汚くても困らなかったからです。
請求システムは、請求書を出すために動いています。顧客管理ツールは、営業が記録を残すために動いています。それぞれは、それぞれの目的で、ちゃんと動いている。同じ会社が2件入っていても、請求書は出せますし、記録も残せます。
困るのは、この二つをつなぐときです。つなぐには、「こちらのこの会社は、あちらのこの会社」と決めなければなりません。そこで初めて、「あちらには同じ会社が2件ある」ことが問題になります。
だから、選定のときには話題に上がりません。要件定義で、連携の話が具体になったときに、「そういえば」と出てきます。
つなぐと、きれいなデータが「使えないデータ」になる
ここが、この話でいちばんお伝えしたいところです。
請求のデータは、一件も壊れません。間違った宛先に送られることもありません。それでも、使えなくなります。
よくあるのは、こういう組み合わせです。
請求や経理に紐づくデータは、きれいです。 請求書を間違った宛先に送るとすぐに分かるので、直す力が働きます。一社一件になっています。
営業が使うデータは、汚れがちです。 新しいお客さまと接点ができたら、その場で登録する。すでにあるかどうかは、確かめない。それ自体は正しい行動ですが、同じ会社が2件、3件と増えていきます。名刺管理も同じです。
この二つを、顧客コードで連携するとします。請求側には「A社」が1件。顧客管理側には「株式会社A」と「(株)A」の2件。どちらにつなぐか。機械は決められません。紐づかないか、片方にだけ紐づきます。
すると、こうなります。本当は毎月請求書を送っている相手なのに、顧客管理の画面を開くと、請求の履歴がない。もう片方の「(株)A」についているか、どちらにもついていません。
請求のデータは、正しいまま、そこにあります。けれども、営業がいつも見ている画面からは見えない。見えないデータは、入っていないのと変わりません。 きれいなデータが、使えないデータになる。これが、つなぐときに起きることです。
ちなみに、もっと派手な壊れ方もあります。重複がそのまま請求側に流れ込んでしまう。別の会社に紐づいてしまう。ただ、こちらは怖いので、設計の段階でみんなが気をつけます。気をつけないのは、何も壊れない「紐づかない」のほうです。 だから、これだけが残ります。
使えなくなったことには、あとで気づきます
この困り方の厄介なところは、音がしないことです。
エラーは出ません。紐づかなかったデータは、ただ紐づかないまま、そこにあります。連携のテストは通ります。つながったものは、ちゃんとつながっているからです。
気づくのは、運用が始まってからです。営業が「この会社、請求してないんですか?」と経理に聞きに行く。経理は「毎月送っていますよ」と答える。そこで調べて、「(株)A」のほうについていたと分かる。
そのときにはもう、新しいツールでの登録が何百件も進んでいます。どこから直せばいいのか、誰も分かりません。
「思ったより、けっこう大変なことになっている。できていないだけで」。支援に入って、そう感じることがあります。

名寄せは、つなぐ前にやります。やるなら今です
だから、このタイミングで名寄せをすることを、私はかなり強くおすすめしています。
大変です。お金がかかることもあります。それでも、です。
理由は一つです。運用が始まってしまうと、もう手が付けられなくなるからです。
導入の前なら、データは止まっています。古いツールから出して、整えて、新しいツールに入れる。この流れの途中に「整える」を挟めばよい。どのみちデータ移行はあるのですから、そのついでにできます。
運用が始まると、データは動き続けます。毎日新しい登録が入り、毎日記録がつきます。動いているデータを整えるのは、止まっているデータを整えるより、ずっと大変です。そしてつないでしまったあとは、請求側のきれいなデータも、使えないまま溜まっていきます。
「あとでやる」の「あと」は、たいてい来ません。来たとしても、今よりもっと大変になっています。
名寄せをすると、導入は遅れますか
私が見てきた範囲では、全体のスケジュールが遅れることはめずらしいです。
名寄せは、ベンダーさんが開発している間に、事業者側で並行して進められます。要件定義が終わってからデータ移行までには、開発とテストの期間が数か月あります。その間にやる。
だから、「名寄せをすると導入が遅れるから、あとで」という理由は、たいてい成り立ちません。遅れるのは、要件定義の最後に「そういえば」と気づいて、そこから誰がやるかを決められないときです。
誰がやるのか、どのくらいかかるのか
決めることは二つです。自社でやるか、外に出すか。そして、自社でやるなら誰がやるか。
自社でやるか、外に出すか。 人手でやり切る会社も、お金をかけて外に出す会社もあります。ここは事業者さんによって分かれます。どちらが正解ということはありません。ただし、外に出しても「どちらを残すか」の判断は自社に残ります。そこは渡せません。
自社でやるなら、情報システムの方が多いです。 データの移行を扱う人が、そのまま名寄せも扱う形です。情報システムの部門がない会社では、営業の中でシステムを見ている人がやることが多いです。相談に来られるのも、たいていこの方々です。
期間の目安は、数百件で約1か月、数千件で約2〜3か月です。 厳密に数えた数字ではありませんが、実感としてはそのくらいです。件数よりも、判断の基準が先に決まっているかで左右されます。基準がないと、一件ごとに迷って止まります。この話は「名寄せとは」に書きました。
この数字は目安です。最後はご自身のデータを見て判断してください。
どちらを正とするか
つなぐときには、「どちらが正しいか」を先に決めます。
たいていは、きれいなほうを正とします。取引先の正式な名称と請求先は、請求システムを正とする。担当者の氏名と商談の履歴は、顧客管理ツールを正とする。そういう分け方です。
そのうえで、汚いほうを正に寄せていく。「株式会社A」と「(株)A」のどちらを残すかは、請求側の「A社」を見て決める。この順番にすると、迷うところが少なくなります。
ここから先は、導入のときに限った話ではありません。どちらを正とするか、判断がつかないものをどこに置くか、直したあとにまた汚れないようにするにはどうするか。「名寄せとは——やり方の4ステップと、それでも終わらない理由」に書いています。エクセルで手を動かすなら「エクセルで名寄せをする前に、知っておいてほしい2つのこと」を。
よくある質問
システム連携やデータ移行の前に、名寄せは必要ですか
他のシステムとつなぐなら、必要です。つながらないだけではすみません。きれいなほうのデータが、営業の画面から見えない、使えないデータになります。つながないで単体で使うなら、あと回しでも成り立ちます。ただし、移行のついでにやるのがいちばん軽いです。
名寄せをすると、導入はどのくらい遅れますか
ベンダーさんの開発と並行して進めるので、全体が遅れることはめずらしいです。遅れるのは、誰がやるかを決められないときです。
名寄せは誰がやりますか
情報システムの方か、営業の中でシステムを見ている方が多いです。外に出すこともできますが、「どちらを残すか」の判断は自社に残ります。
古いデータをそのまま新しいツールに入れると、どうなりますか
当面は動きます。ただし、他のシステムとつなぐところで紐づかないデータが出ます。エラーは出ず、運用が始まってから「この会社に履歴がない」という形で気づきます。
ポイント
- ツールをつなぐとき、名寄せが要ると分かるのは要件定義の途中です。 「顧客コードで紐づけよう」のあとに「そういえば」と出てきます
- つなぐまでは、汚くても困らなかった。 それぞれのツールは単体では正しく動いています
- 請求や経理に紐づくデータはきれいで、営業が使うデータは汚れがちです。 新規登録のときに、すでにあるかを確かめないからです
- つなぐと、きれいなデータが使えないデータになります。 データは一件も壊れないのに、請求書を送っている相手の請求履歴が、顧客管理の画面から見えない
- 使えなくなったことには、運用が始まってから気づきます。 エラーは出ません。派手な壊れ方は設計で避けられるので、これだけが残ります
- 名寄せは、つなぐ前に。やるなら今です。 運用が始まると、データが動き続けて手が付けられなくなります
- 全体のスケジュールは、めずらしく遅れません。 ベンダーさんの開発と並行で進められます
- 自社でやるか外に出すかは、会社によって分かれます。 自社なら情報システムか、システムを見ている営業の方
- 目安は数百件で約1か月、数千件で約2〜3か月です。 判断の基準が先にあるかで左右されます
- きれいなほうを正として、汚いほうを寄せます。 正式名称と請求先は請求システム、担当者と商談履歴は顧客管理ツール
顧客データの重複を片づけたいというご相談はこちらのページにも書いています。顧客データが分散していて全体像が見えないという場面は顧客データの一元化をご覧ください。
ツールの相談から始まって、気づけば「自分たちは何屋なのか」を言い直している。そういう仕事を、私はしています。
中山 幸子
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