悪くないツールが「失敗」と呼ばれる理由——「誰が決めたんだ」とちゃぶ台返しの心理

ツールの乗り換えについてご相談をいただくと、まず、今のツールを決めたときの経緯をお聞きします。

すると、「ちょっと失敗だったんですよね」という答えが返ってくることがよくあります。「まあ失敗だな」と思いながら何年か使い続けてきて、そろそろ見直したい。そういうご相談は、何件もいただいてきました。

ところが、お話を紐解いていくと、ツールそのものは悪くないことも結構あるんです。それでも、「失敗」のラベルはもう貼られています。

集団で物事を決めるとき、みんな答えを欲しがります。それは当然ですし、大事なことです。ただ、本当に問題になっているのは、答えが正解だったかどうかではないことが多い。どう合意して進めて、どう見直していくか。その決め方のほうです。

今日は、私がよく出会う二つの場面を、少し心理学の言葉を借りて読み解いてみます。

場面1:「失敗」のラベルは、後から貼られる

「失敗」と呼ばれているツールの経緯を聞いていくと、よくある形が二つあります。

一つは、決めた前任者がもう辞めているケース。とても多いです。

もう一つは、辞めてはいないけれど、導入のあとに上層部や別の部門から文句がついて、「誰がやったんだ」という話になっているケース。誰かが責められている場面に、私は本当によく出会います。

結果だけで、判断を評価してしまう

心理学に「結果バイアス」という言葉があります(Baron と Hershey、1988)。判断の良し悪しを、そのときの前提や情報ではなく、結果だけで評価してしまう傾向のことです。

これに「後知恵バイアス」が重なります(Fischhoff、1975)。結果が出たあとで振り返ると、「最初から分かっていたはずだ」と感じてしまう。

決めた当時には、決めた当時の前提があったはずです。予算、期限、そのとき社内にいた人、そのとき分かっていたこと。でも、後から来た人には結果しか見えません。そして結果がいまひとつだと、判断した「人」のせいになります。

前任者が辞めていれば、反論する人もいません。こうして、ラベルは固まっていきます。

それでも、すぐにはやり直せない

では、なぜ「失敗だ」と思いながら何年も使い続けるのか。

これは心理というより、現実の話です。何千万、何億とお金をかけて入れたものは、どんなに不満があっても、すぐにやり直すのは難しい。ただそれだけのことです。

だからこそ、最初の決め方が大事になります。

場面2:半年かけた検討が、最後にひっくり返る

もう一つ、私が「ちゃぶ台返し案件」と呼んでいる場面があります。以前、何度も経験したことです。

半年、1年とかけて業務を棚卸しし、時間を割いて、どのツールがいいかを一生懸命検討する。ようやく「こっちかな」と決まりかけたところで、最後の役員承認の段階で、すべてがひっくり返る。そこまでの経緯を知らないまま、営業の上手なベンダーに決まってしまう。

これは、何社もありました。

悪気は、まったくない

先にお伝えしておくと、決裁する方に悪気はありません。

役員の方は、経緯を知らないまま、最後の責任だけを負う立場です。そこに、自信を持って説明してくれる営業の方が来れば、安心できます。「営業の当たりがいいから、きっと良い会社なんじゃないか」と感じるのは、自然なことです。

心理学ではこれを「ハロー効果」と呼びます(Thorndike、1920)。一つの目立つ良い印象が、ほかの評価まで引き上げてしまう働きです。

そして、決裁する方はメインで使う人ではありません。細かい機能が足りているか、現場にとって使いやすいかは、判断の材料に入ってきにくいんです。

夢と、現場の手間

もう一つよくあるのが、営業の上手な会社は夢を見せてくれることです。「これを入れれば、売上がこんなに上がる可能性がありますよ」。経営の立場からすれば、機能の一つひとつより、そちらに心が向くのは当然です。

ただ現実には、社内のITリテラシーがそこまで高くなかったり、「できますよ」と言われた夢を実現するには、追加の費用が何千万円もかかったりします(→ CRM導入で見積もりが上がる構造)。

お互いに、嘘をついているわけではないんです。でも、ボタンの掛け違いが起きています。

この掛け違いは、心理学の「解釈レベル理論」でうまく説明できます(Trope と Liberman)。物事から遠い位置にいる人は、「何のために」「どうなるか」という抽象的なレベルで考えます。近くにいる人は、「どうやるか」「どれだけ手間か」という具体的なレベルで考えます。

経営は、売上という夢で見る。現場は、毎日の入力や機能で見る。どちらも正しいんです。ただ、見ている層が違う。

判断のあとで覆すのは、難しい

残念な結果になりそうなとき、私たちが間に入ったこともあります。

役員の方と直接お話しできるときは、決定の理由とこれまでの経緯を資料にまとめて、もう一度ご説明しました。「営業が強いと、どうしてもそう見えますよね。それはすごく良いことなんですよ」と受け止めたうえで、「ただ、実際の現場としては、こういう見え方もあるんです」と確認していく。

でも正直に言うと、この段階からでは、うまくいかないことのほうが多かった。判断が下る前に入れれば結構うまくいくのですが、下ってからは厳しい。たまに成功する、という感じでした。

これにも心理学の説明があります。「認知的不協和」です(Festinger、1957)。人は一度下した判断を、自分の判断として守ろうとします。覆すことは、「自分が間違っていた」と認めることになるからです。

だから、判断そのものを否定しても届きません。相手の見え方を「もっともです」と受け止めて、そのうえで現場の具体を足す。それでも、判断のあとで動かすのは難しいんです。

それでも、現場の意見を伝えておくことには意味があると思っています。ただ、この経験から、いまは進め方そのものを変えています。それは後半でお話しします。

机の上に置かれた白いシャツ。前立ての合わせ目が斜めにずれている

二つの場面に共通すること

並べてみると、二つの場面はよく似ています。

  • 場面1では、後から来た人(上層部、別の部門、後任の方)が、結果だけを見て評価する
  • 場面2では、最後に来た人(決裁する方)が、見えている情報だけで判断する

どちらも、決めるプロセスに入っていなかった人の判断です。その人が悪いのではありません。立っている位置の問題です。

ちゃぶ台返しで決まったツールが、何年か後に「失敗」のラベルを貼られる、ということも一例としてあります。使う人が選んだツールではないからです。

そしてもう一つ。「誰がやったんだ」の場面の根っこにあるのは、責められることへの恐れです。決裁する方が安心できる営業を選ぶのも、見方を変えれば、経緯を知らないまま責任を負う怖さからかもしれません。恐れは、誰の中にもあります。

どうすればいいか

恐れをなくすことはできません。でも、恐れがあっても進められる決め方は作れます。

最初から、上の方を巻き込む

ちゃぶ台返しを何度か経験して、いまは、プロジェクトの初期段階から、役員の方に入っていただくようにしています。同じことを繰り返さないためです。

検討を始めて半年経ってから、いきなり上の承認を仰ぐと、ちゃぶ台返しが起きやすくなります。初めから関わってもらい、経過も定例会などで少しずつ共有していく。「一緒に決めている」という感覚を、ちゃんと作っていく。ご相談をいただく会社にも、一般的にこの形をおすすめしています。

心理学的にも理にかなっています。人は、何度も目にしたものを受け入れやすくなります(単純接触効果、Zajonc、1968)。そして、自分が関わって作ったものを高く評価します(IKEA効果、Norton ほか、2012)。

経営の見ている夢と、現場の見ている手間。この二つを早い段階から同じ場に並べておけば、ボタンの掛け違いは小さいうちに見つかります。最後にまとめて見つかるほど、直すのは難しくなります。

以前、現場を巻き込むことについて書きましたが、上の方を巻き込むのも、同じくらい大切です。

「何を前提に決めたか」を残す

もう一つは、何を前提に決めたのか、いつ見直すのかを、合意して残しておくことです。

前提が残っていれば、あとで見直すことになっても、それは「失敗」ではなく「前提が変わったので更新する」になります。振り返るときも、「誰が悪かったか」ではなく、「どの前提がずれていたか」を話せます。

前任者が辞めても、経緯は引き継げます。ちゃぶ台返しになりかけたときに、経緯を説明し直す資料にもなります。

乗り換えの前に、ラベルをはがしてみる

乗り換えのご相談で、私がまず経緯をお聞きするのはそのためです。「失敗」と呼ばれているツールも、当時の前提を確かめ直してみると、実は使えることがあります。

決めるとは、一緒に見直せる状態をつくること

完全な正解がある決定は、ほとんどありません。これはITツールに限らず、経営全般に言えることだと思います。

大事なのは、合意のうえで進めて、合意のうえで点検して、それをフィードバックしていく流れです。決めるとは、正解を当てることではなく、一緒に見直せる状態をつくることなんです。

ポイント

  • 「失敗」と呼ばれるツールも、ツールそのものは悪くないことが多い。 後から来た人が、結果だけで評価しています(結果バイアス・後知恵バイアス)
  • 何年も使い続けるのは、何千万・何億かけたものはすぐにやり直せないから。 だからこそ、最初の決め方が大事です
  • ちゃぶ台返しに、悪気はありません。 経緯を知らない決裁者には、印象の良い営業と夢が響きます(ハロー効果)
  • 経営は夢で、現場は手間で見ている。 どちらも正しく、見ている層が違うだけです(解釈レベル理論)
  • 判断が下ってからでは、覆すのは難しい。 人は自分の判断を守ろうとします(認知的不協和)
  • いまは、プロジェクトの初期段階から役員の方に入っていただいています。 何度も見たもの、自分が関わったものは受け入れやすくなります
  • 何を前提に決めたかを残す。 見直しが「失敗」ではなく「更新」になります

事例は、事業者さんが特定されないよう一部の情報をぼかしています。

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