営業の属人化とは? 担当が辞めたときに会社が失うものと、顧客情報を一元管理する順番

「あの人が辞めたら」という不安は、たいてい当たっている

製造業などで、エリア別や担当制で営業をしている会社には、よく似た風景があります。営業の一人ひとりが、自分のお客さんの連絡先も、商談の経緯も、見積りの履歴も、すべて自分の手元で管理している。名刺ホルダー、個人のメール、手帳、頭の中。会社としては「誰が、どのお客さんと、どこまで話しているか」が見えていません。

社長や役員の方と話すと、この状態への不安は必ず出てきます。「あの人が辞めたら、あのエリアはどうなるのか」。ただ、不安は感じていても、具体的に手を打てている会社はそう多くありません。日々の売上は営業一人ひとりが上げてくれているので、わざわざ波を立てたくない、という気持ちもあると思います。

先に書いておきたいのは、この状態そのものが悪いわけではない、ということです。営業一人ひとりが自分の持ち場にプライドを持ち、自分のやり方でお客さんを守ってきた。それで会社はこれまでちゃんと成り立ってきました。その積み重ねは、会社の歴史の中で培われてきた、かなり大事なものです。今までやってきたことをいきなり全否定する話ではありません。

ただ、それぞれが持ち場できちんとやってきたものを、そろそろ会社としての責任で動かすタイミングに来ている会社が、結構多いのです。この記事はそういう会社に向けて書いています。

この記事では、なぜ顧客情報を一元化して組織で持つべきなのか、そして「組織でやりましょう」と言ったときに起きる反発にどう向き合うかを、私が現場で見てきた形でお伝えします。

今までのやり方を否定する話ではありません。それを「会社の責任」で動かすタイミングの話です。

営業の属人化とは

営業の属人化とは、お客さんの情報や商談の進め方が担当者個人の中にだけあって、会社として把握も再現もできない状態のことです。

属人化にはメリットもあります。担当者の判断が速く、お客さんとの関係も深くなりやすい。だから長年うまく回ってきた会社ほど、属人化していることに問題を感じにくいのです。問題が表に出るのは、担当者がいなくなった瞬間です。

「あの会社のことは○○さんに聞かないと分からない」が社内で普通に通っているなら、それが属人化です。

引き継ぎが「名刺をポンと渡すだけ」になるとき

こういう会社で、ベテランの営業が退職するとします。引き継ぎは、名刺の束と「この会社はこの人に聞けばいい」というひと言。後任は、その名刺を頼りに一社ずつ挨拶に回ることになります。

後任が訪問して初めて知ることがたくさん出てきます。半年前に見積りを出していたこと。それが保留になった理由。先方の担当者が何を気にする人か。別の部署で小さな取引が始まりかけていたこと。前任者は全部知っていました。ただ、それはどこにも残っていない。

お客さんの側から見ると、もっと困ります。「その話は前の担当さんにしましたよ」。悪気はなくても、会社としての信頼が少し削れます。何件かのお客さんは、このタイミングで競合に移ります。移ったことにも、会社はしばらく気づきません。

引き継がれたのは名刺だけ。失ったのは、お客さんとの関係です。

営業の属人化のリスク — 失うのは属性情報ではなく、接触履歴

顧客情報には、二種類あります。一つは属性情報。会社名、担当者名、住所、電話番号、メールアドレス。名刺に書いてあることです。もう一つは接触履歴。そのお客さんと「いつ、何を話し、何を提案し、なぜ今その状態なのか」という記録です。

属性情報は、調べれば分かります。失っても取り戻せます。会社の資産は、接触履歴のほうにあります。接触履歴は、会社がお客さんと築いてきた関係そのものです。何年もかけて積み上がったもので、お金を出しても買えません。ところが多くの会社で、属性情報は名刺ホルダーに、接触履歴は営業一人ひとりの記憶と手帳の中にだけ置かれています。

個人の記憶に置かれた接触履歴は、退職だけでなく、異動、長期の休み、病気でも会社から消えます。そして一番やっかいなのは、消えたときに「何が消えたか」が会社に分からないことです。失ったものの大きさに気づけないので、対策の優先順位も上がりません。

顧客情報を一元化するというのは、ツールを入れることではありません。接触履歴を個人の手元から会社の手元に移す、ということです。

会社の資産は、属性情報(連絡先)ではなく、接触履歴のほうにあります。

「組織で管理しましょう」に反発が起きるのは、当たり前

ここまでの話に、社長や役員の方はたいてい頷いてくれます。問題はそのあとです。「じゃあ組織でやりましょう」と現場に言った瞬間、空気が変わります。

反発の中身は、だいたいこの四つです。

  • 自分の成果を取られる。長年かけて育てたお客さんを、会社のものにされる感覚。
  • 自分のやり方に口を出される。一人ひとりが自分の成功パターンを持っていて、それは本人の財産でもある。
  • 入力の手間が増えるだけ。自分は困っていないのに、会社の都合で仕事が増える。
  • 見られている感じがする。履歴を残す=監視される、と受け取る。

これらは、わがままではありません。成果を上げている営業ほど、自分の顧客と自分のやり方に誇りを持っています。それを「管理」という言葉で会社に差し出せと言われたら、身構えるのが自然です。

だから、一元化が「会社が営業を管理するための仕組み」として伝わった時点で、ほぼ失敗します。現場の立場で見て、やる意味があると感じられる理由が必要です。

反発はわがままではなく、誇りです。「管理のため」と伝わった時点で、一元化は止まります。

営業の属人化を解消するには — 営業本人にとっての得から話す

私が現場でお伝えしているのは、「会社のため」ではなく「営業の方自身にとって何が変わるか」です。順番が逆になると、どんなに正しい話でも届きません。

安心して休める。 自分しか知らないお客さんを抱えていると、休暇中も電話が鳴ります。履歴が会社にあれば、一次対応は誰でもできます。休みが休みになります。

異動も昇進もしやすくなる。 引き継げないお客さんを抱えている人は、動かせません。本人が次のステップに進みたいと思ったとき、抱え込んだ顧客が足かせになります。

成果が正しく見える。 受注の数字だけでなく、そこに至るまでの動き(何社に提案し、どこで止まっているか)が会社に見えると、評価の材料が増えます。数字だけで判断されるより、本人にとって有利です。

次の訪問が楽になる。 残した履歴は、会社のためだけでなく自分の武器になります。訪問前に前回の話を見返せる。別の営業が同じお客さんの別部署で話した内容が見える。一人で回っていたときより、持っている情報が増えます。

自分の成功パターンが、消えずに残る。 本人のやり方は、本人が辞めたあと会社に残りません。履歴として残せば、その人の仕事が会社の知恵として引き継がれます。これは「取られる」ではなく「残る」です。

会社側の理由ももちろんあります。退職時のリスクが下がる。お客さんからの問い合わせに誰でも一次対応できる。同じお客さんの別部署への提案(クロスセル)の機会が見える。ただ、これらは営業本人の得を先に話したあとで出すほうが、受け取ってもらえます。

進め方で気をつけること

  • まず会社としての方針を理解してもらう。 なぜ今やるのか、何を守りたいのかを、会社の言葉で先に伝えます。理由が共有されないまま「入力してください」だけが降りてくると、ただの手間に見えます。
  • 反発は一旦すべて受け止めて、検討した形を作る。 「やりたくないです」も含めて、出てきた意見は全部テーブルに載せます。本人の意見が通らなかったとしても、「検討の土台に一緒に乗っていた」という事実が残ることが大事です。意見を聞いて、結果を返す。採用でもボツでも「こう判断しました」と伝えます。
  • 最初から評価制度と結びつけない。 履歴を人事評価に使うと伝えた瞬間、監視の仕組みになります。まず「守る」「楽にする」ための仕組みとして始めます。
  • 小さく着地させる。 1年後の完成形を目指して毎日溜めて頑張るのではなく、小さいところから形を作って、みんなが手を動かす状態を先に作ります。項目は日付・相手・要点の三つで十分。何千万円もかけて顧客管理ツールを入れなくても、Excelからで構いません。いきなり最大のゴールを目指すと、うまくいかないケースが多いです。

「管理」という言葉について

もう一つ、言葉の話をしておきます。「顧客管理」はツールの名前だと思われがちです。もちろんツールを指して言うこともありますが、基本的には考え方のことです。お客さんとのやり取りを、会社として分かる状態にしておくこと。それが顧客管理で、ツールはそのための道具の一つにすぎません。

「管理する」と聞くと、上から縛り付けるような印象を持つ方もいます。でも、管理という言葉の定義は「分かるようにする」ことです。誰が何をしているか分かる、お客さんと何を話したか分かる。この言葉自体に、縛るという意味はありません。現場に話すときは、ここを最初に伝えています。

管理とは「分かるようにする」こと。縛ることではありません。

顧客情報を一元管理する順番 — ツールは最後

「顧客情報を一元化しよう」となると、すぐに顧客管理ツール(CRM)の比較が始まりがちです。でもツール選びは、すべての根幹になる部分です。土台が整っていないまま選ぶと、あとからいくら頑張っても取り返しがつかないことがあります。順番はこうです。

  1. 誰が、どのお客さんを持っているかを一覧にする。 営業ごとの担当先を一枚の表に並べる。Excelで十分です。これだけで「この会社、二人が別々に行っている」といった発見が出ます。
  2. 一つの会社が一つのデータになっているか確かめる。 「株式会社A」と「(株)A」が別々に登録されていないか。ここが崩れていると、あとで履歴が片方にしか付きません(名寄せとは——やり方の4ステップ)。
  3. 履歴を残す最小単位を決める。 日付・相手・要点。これ以上は、回り始めてから足します。
  4. 決め方を決める。 項目を増やすか、誰が使うか、といった判断がたくさん出ます。「この三人で協議して決める」のように、決め方を先に決めておきます。
  5. ここまでできてから、ツールを選ぶ。 営業のタイプ(新規開拓が多いのか、固定客を回るのか)、予算、自社で設定を触れるか、で合うツールは変わります。私は特定のツールを勧めない立場なので、状況を聞いてから一緒に考えます。

1〜4は、ツールを入れる前にExcelで回せます。実際、ここまでやった段階で「仕事が楽になった」という会社は少なくありません。

ツールは最後。一覧 → 名寄せ → 最小の項目 → 決め方、の順に整えてから選びます。

おわりに

営業一人ひとりが自分のお客さんを守っている会社は、裏を返せば、それだけ現場に力がある会社です。その力を個人の中に閉じ込めたままにするか、会社の資産として残すか。一元化は、後者を選ぶということです。

反発が出るのは、現場が真剣に仕事をしている証拠でもあります。だからこそ、管理のためではなく、営業の方自身が楽になり、守られるための仕組みとして始めてほしいと思っています。

まず、これだけやってみてください

一つだけ、具体的な行動を提案します。各営業が名刺ホルダーやメールボックスに抱えている顧客情報を、一度、一か所にまとめてみませんか。Excelで構いません。会社名・担当者名・メールアドレス・電話番号・自社の担当営業・最後に会った時期、この6列だけで十分です。

これだけで、会社のお客さんが全部で何社あって、いま誰がどこまで付き合っているのかが初めて見えます。「同じ会社に二人が別々に行っていた」「もう2年誰も会っていないお客さんが何十社もある」。たいていの会社で、この段階で何かが見つかります。

一元化は、ここから始まります。ツールを選ぶのは、この一覧ができてからで間に合います。

「あの人が辞めたら」と感じている段階で、まず一覧を作るところから相談に乗っています。ツールの前に、話をしましょう。営業の行動管理の側から書いた記事もあります → SFAを入れる前に決めること

営業の属人化が気になっている方は、「営業が属人化していて見えない」のページもご覧ください。ツールを入れる段階に来ている方は、「顧客管理ツールを選びたい」にまとめています。

ツールの相談から始まって、気づけば「自分たちは何屋なのか」を言い直している。そういう仕事を、私はしています。
中山 幸子

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