現状の業務フロー図は、どこまで描けばいいか——顧客管理ツールを決める前に必要な4つ

顧客管理ツールのご相談で、最初によく聞く言葉があります。

「2週間くらいで決めたいんです」

乗り換えでも、新規の導入でも、同じです。ツールは、決めたら決まる。比べるのは予算と機能。そう考えている方が、思っているより多いんです。

気持ちは分かります。ただ、2週間で決めたツールが、半年後に「入れたのに、楽にならない」と言われている場面に、私は何度も出会ってきました。

原因は、ツールの良し悪しではないことがほとんどです。今の仕事がどう流れているかを、誰も一枚の絵にしていなかった。 それだけのことが多い。

今日は、顧客管理ツールを決める前に、現状の業務フロー図をどこまで描けばいいか、という話です。業務の棚卸しそのもののやり方は、業務棚卸のやり方とフォーマットに書きました。この記事は、その続きです。棚卸しで書き出したものを、流れとして描くところを扱います。

会計ツールと顧客管理ツールは、選び方が違う

会計ツールなら、比較的早く決まるケースもあります。仕訳の切り方、請求書の形、月次の締め。会社による差が、顧客管理に比べれば小さいからです(もちろん、他のシステムとの連携が絡むと、そう簡単ではありません)。

顧客管理は違います。営業のやり方は、会社ごとに違う。 問い合わせがどこから来て、誰が受けて、どこに書いて、誰に渡すのか。見積もりは誰が作り、単価はどこから持ってくるのか。商談の進み具合は、誰が、いつ、どうやって知るのか。

ここが全部違う。だから機能の比較表だけでは選べません。自社の今の流れが分かっていないと、比較表のどの行が自分たちに関係あるのかが、判断できないからです。

Fit to Standard の前に、自社の「Standard」を知っているか

最近は「Fit to Standard」という言葉をよく聞きます。ツールに合わせて業務を変えよう、という考え方です。ツール導入を機に業務を見直そう、という姿勢自体は、とてもいいと思います(→ Fit to Standard について書いた記事)。

ただ、見直すには、見直す元が要ります。そもそも今の業務がどうなっているかを、会社は知っているでしょうか。

ご相談を受けてマニュアルを見せていただくと、よくあるのはこんな形です。

  • マニュアルはある。でも、とても表面的で、実際のメールや電話のやりとりは書かれていない
  • マニュアルがない。やり方は先輩から口で伝わっている
  • あるけれど「10年前に作りました」「5年前のです」。今のやり方とはもう違う

これは珍しいことではありません。むしろ、そういう会社のほうが多い。だから、ツールを決める前に、一度「今」を絵にしておく必要があるんです。それが、現状の業務フロー図です。ベンダーやコンサルタントは「As-Is(アズイズ)」と呼びますが、言葉はどうでもいい。今の流れを、一枚にする。それだけです。

現状のフロー図を、どこまで描くか

「どこまでやればいいのか」が、一番多い質問です

業務の棚卸しを始めた会社から、一番多く聞く質問が「どこまでやればいいんですか」です。

部門→業務→作業→手順、と分解していくと、どこまでも細かくなります。全部門をやるのか、この部署だけでいいのか。終わりが見えないから、手が止まる。

答えは、粒度の話ではなく、目的から逆算する、です。業務改善が目的なら、改善したいところを描けばいい。顧客管理ツールを決めるのが目的なら、ツールを決めるのに必要なところまででいい。

ツールを決めるのに必要な、最低限の4つ

では、ツールを決めるのに必要な粒度とは何か。各部門、各担当者について、次の4つが見えていれば十分です。

  1. 何がきっかけで、仕事が始まるか。問い合わせのメールか、電話か、上司の一言か
  2. 受け取ったあと、何を加工して、どこへ渡すか。Excelに入れるのか、見積を作るのか、次の部門にメールするのか
  3. その仕事のゴール(成果)は何か。最終的にツールにデータを入れるのか、どこかの部門に連絡するのか
  4. 受け取った後続の人が、それをどうするか。後続はお客様かもしれないし、システムかもしれません

要するに、データや書類が、どこから来て、どこへ流れていくかが見える状態です。これが最低限。「見積書を作る」の中身を、テンプレを開く→単価表を見る→…と手順まで分解する必要は、この段階ではありません。

「たまってから動くもの」を見落とさない

一つだけ注意があります。受け取ってすぐ処理する仕事ばかりではない、ということです。

たまったものが、翌月の月初に一気に走り出す。各担当が書いた Excel を、月末に誰かが集めて、月例会の資料になる。こういう流れは、「日々の仕事」を聞いているだけだと出てきません。でも、顧客管理ツールを入れたあと、この月初の作業がどうなるかは、とても大きな論点になります。

「月に一度だけやっていることはありますか」。この一言を、必ず聞くようにしています。

範囲はどこまでか。「ここまで」と決めて、書いておく

粒度の次に聞かれるのが、範囲です。どこの部門まで描くのか。

先に答えを言うと、どこかで「ここまでにしましょう」と切るしかありません。 すべての業務は、必ずつながっています。顧客管理の先に受注があり、受注の先に請求があり、請求の先に入金がある。描き始めると芋づる式につながって、「じゃあ経理部はどうする?」という話はほぼ必ず出てきます。

つながっているのは分かったうえで、今回はここまで、と決める。顧客管理ツールの導入に向けた棚卸しなら、ここがとても大事です。

決めて、書いておく。書いておかないと、「このケースはどうなんだ」という議論が、どんどん範囲の外に広がっていきます。「今回はここまで」を決めたうえで、「議論はこの範囲の中で」とする。それがあると、話が戻ってくる場所ができます。

切り方として多いのは、入り口と出口を決めることです。「この部門に、こういう表を出すところまで」という形です。たとえば「受注が決まって、基幹システムに顧客と案件を登録するところまで」。その先の請求や入金は、今回は描かない。ただし、基幹や会計に渡すところが出口になるのなら、その受け取り手である経理には話を聞いておかないと、出口の形が決まりません。

描く範囲を絞るのと、声をかける範囲を絞るのは、別の話です。総務や経理から「自分たちはプロジェクトに入っていない」と思われると、あとから協力が得にくくなります(→ 現場を巻き込む)。

一気に全部やる必要はありません。今回の入り口と出口を決めて、その中を描く。次の段階で、隣を描く。それでいいと思います。

現状の業務フロー図の例

言葉だけだと分かりにくいので、一つ例を出します。問い合わせから商談、見積、受注までの流れを、架空の会社で描いたものです。

問い合わせ〜商談〜見積〜受注の現状の業務フロー図。お客様・営業部・営業担当・技術部・営業部長・システム・情報資産の7つのレーンに箱と矢印で流れを描き、赤い矢印と★が転記・二重入力の箇所

架空の例です。クリックで拡大できます。

先にお断りしておくと、これはあくまで一例です。実際にその会社がこういう形で書けるかどうかは、いろいろな事情があります。パワーポイントが苦手な方もいらっしゃいますし、日々の仕事の上にこの作業が乗る負荷もあります。この形でなければいけない、ということでは全くありません。ただ、一度こういう形でお見せしたほうが分かりやすいかなと思って、出しています。手書きでも、ホワイトボードの写真でも構いません。

図の見方

横の帯(レーン)が「誰が」です。お客様、営業部の受付、営業担当、技術部、営業部長。その下に、使っているシステムと、生まれるファイルや紙(情報資産)を置いています。

箱の色が「どうやって」です。システムで処理しているのか、Excel や手作業なのか、紙・電話・名刺なのか。矢印の文字が「何で渡すか」です。メールか、PDFか、電話か。

これだけで、さっきの4つ(きっかけ、加工と受け渡し、ゴール、後続がどうするか)が読めます。

赤い矢印が、ツールを決める材料になる

図の中の赤い矢印と★は、同じ情報を人がもう一度入力している箇所です。この例では5か所あります。

  1. Webフォームの通知メールを見て、問い合わせ一覧の Excel に手で入れている。入れ忘れが、そのまま対応漏れになる
  2. 展示会の名刺を束で置いておいて、後日まとめて入れている。同じ会社が別の表記で二重に登録される
  3. 過去の見積 Excel をコピーして、単価を転記している。古い単価のまま出てしまう
  4. 受注したら、基幹システムに顧客と案件をもう一度入れている。Excel と社名の表記が違って、あとで紐づかない(→ 名寄せとは何か)
  5. 各担当の Excel を、月初に案件一覧へ転記している。商談の状況が、1か月遅れでしか見えない

この5か所が見えていれば、ツールに何を求めるかが言えます。「フォームから直接登録されてほしい」「見積の単価は一か所で持ちたい」「商談の状況を月末を待たずに見たい」。これがそのまま、ツールを選ぶときの軸になります(→ 顧客管理ツールの選び方)。

そして、もう一つ。この図を描くと、ツールを入れる前に直せるものが見つかります。名刺を束で置かない、単価表を一つにする。そういうことです。棚卸しをすると、ツールを入れる前に仕事が楽になる会社が、私の経験では半分以上あります。

図が難しければ、表でもいい。表から図にするのは AI がやってくれます

「こんな図は描けない」と思った方もいらっしゃると思います。大丈夫です。実はご支援の現場でも、この図を最初からお見せすることはあまりありません。最初に図を見せると、「よく分からないな」で止まってしまう方がいる。それより、先に Excel の棚卸表を作って、全部そろってから図に起こす。図を見せるのは、そのあとです。

「表も書けません」という方には、まず1つの仕事だけ、たとえば請求書の発行だけを、流れを全部聞いて、こちらで1行書いてお見せします。「こういうことですね」。それが見えると、2行目からは自分で書ける方が多い。

表は、1行が1つの仕事です。先ほどの図の一部を、表にするとこうなります。

仕事誰から何を受けて何をして誰に何を渡すか使っているもの
問い合わせの受付お客様から Webフォームの通知メールを問い合わせ一覧に手で入れる担当者にメールで転送メール、Excel
展示会の名刺営業から名刺の束を後日まとめて一覧に入れる―紙、Excel
ヒアリング受付から転送メールを電話で聞き、ノートにメモ技術部に見積依頼をメール電話、ノート、メール
見積書作成技術部から原価見積(Excel)を過去の見積をコピーして単価を転記お客様に PDF をメールExcel、メール
受注入力お客様から注文メールを基幹システムに顧客と案件を手入力自分の案件 Excel を更新基幹システム、Excel
案件一覧の更新各担当から案件 Excel をメールで月初に一覧へ転記月例会議の資料にExcel、PowerPoint

「誰から何を受けて、何をして、誰に何を渡すか」が一文で書けていれば、さっきの4つはもう入っています。「使っているもの」に紙・Excel・FAX・電話が並ぶ行が、転記が起きている場所です。表の形と書き方は業務棚卸のやり方とフォーマットに Excel を置いてあります。

そして今は、この「1行書いてお見せする」も AI ができます。流れを話した音声やメモを入れて、「誰から何を受けて、何をして、誰に何を渡すか、の表にして」と頼めば、棚卸表のたたき台は出てきます。表ができたら、それを渡してフロー図に。先ほどの図も、元はこういう表です。パワーポイントが苦手でも、絵を描く時間がなくても、「誰から何を受けて、誰に何を渡すか」を書けるのは、その仕事をしている人だけです。そこさえ書けていれば、あとは何とでもなります。

凝りすぎない

逆の注意もあります。

情報システム部があったり、若い方が多い会社だと、こちらの想定よりずっと細かく、凝った図を作ってくださることがあります。それ自体はとてもありがたい。ただ、ツールを決めるために必要なのは、さっきの4つが見えていることです。そこが見えたら、いったん止めていい。細かい手順は、ツールが決まってから、新しい流れ(To-Be)を描くときに足せば十分です。

ツールの前に、今の流れを一枚に

最後に、もう一度。ツールは、決めたら決まるものではありません。でも、今の流れが一枚になっていれば、決めるのは早い。比較表のどの行を見ればいいかが分かるし、ベンダーに説明するものもある。役員の方に見せて「ここが変わります」と言える。

2週間で決めて半年後に戻るより、先に一枚描いてから決めるほうが、結局は早いんです。

私は、顧客管理ツールの選定をお手伝いする立場です。たくさんの会社を横で見てきて思うのは、ツールの選定は、そのあとのすべての根幹だということです。土壌がしっかりしていないと、あとからいくら頑張っても取り返しがつかない部分がある。だから、決める前の一枚を、何とか描いてほしい。

ただ、いま「うまくいっていないな」と感じている会社ほど、今の流れを一枚にするのは、向き合いづらい作業だとも思います。描くと、見たくないものも見えるからです。それでも、見えたものは直せます。見えないものは、直せません。

ツールの前に、話をしよう。

よくある質問

業務棚卸表と業務フロー図は、どちらが先ですか?

どちらでも構いませんが、私は棚卸表で書き出してからフロー図にすることが多いです。表は漏れを見つけるのに向いていて、図は流れの切れ目(転記や二重入力)を見つけるのに向いています。棚卸表の書き方は業務棚卸のやり方とフォーマットに。

現状だけでなく、新しい流れ(To-Be)も描くべきですか?

ツールを決める前は、現状(As-Is)があれば十分です。To-Be はツールによって形が変わるので、候補が絞れてから描くほうが手戻りが少ないです。

何で描けばいいですか?

何でもいいです。パワーポイントでも、手書きでも、ホワイトボードに付箋を貼って写真を撮っても。大事なのは「誰が」「何を受け取って」「何を渡すか」が追えることだけです。最近は、ヒアリングの音声を AI に入れてたたき台を作ることもあります。

ポイント

  • 顧客管理ツールは「決めたら決まる」ものではない。 営業のやり方は会社ごとに違うからです
  • Fit to Standard の前に、自社の今を知っているか。 マニュアルが表面的だったり、古かったりする会社のほうが多い
  • どこまで描くかは、目的から逆算する。 ツールを決めるなら、きっかけ・加工と受け渡し・ゴール・後続がどうするか。4つが見えれば十分
  • たまってから動くものを見落とさない。 月初の転記、月例会の資料
  • 赤い矢印(転記・二重入力)が、ツールに求めるものになる。 そして、ツールの前に直せるものも見つかる
  • 範囲は段階的でいい。 「今回はここまで」を入り口と出口で決めて、書いておく。声をかける範囲は絞らない

フロー図は架空の例です。本文の場面は、事業者さんが特定されないよう一部の情報をぼかしています。

ツールの相談から始まって、気づけば「自分たちは何屋なのか」を言い直している。そういう仕事を、私はしています。
中山 幸子

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